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札幌地方裁判所 昭和43年(行ク)2号 決定

申立人 松橋孝一

被申立人 夕張公共職業安定所長

主文

被申立人が昭和四三年六月五日付(四三タ職業第四三二号)で申立人に対してなした「同月七日以降申立人を失業対策事業紹介対象者から除外し、失業対策事業への紹介を停止する。」旨の決定の効力を、札幌地方裁判所昭和四三年(行ウ)第二一号行政処分取消訴訟の判決確定に至るまで停止する。

申立費用は被申立人の負担とする。

理由

第一、申立の趣旨および理由

申立人は主文同旨の裁判を求め、その理由としてつぎのとおり主張した。

一、申立人は、緊急失業対策法(以下「失対法」という)一〇条二項所定の要件を備えた失業者就労事業紹介適格者であり、被申立人も従来そのことを認め、夕張公共職業安定所における同事業紹介対象者(以下「紹介対象者」という)として扱つてきた。

二、ところが被申立人は、昭和四三年六月五日付で申立人に対し「同月七日以降申立人を紹介対象者から除外し、失業対策事業への紹介を停止する。」旨の決定(以下「本件処分」という)の通知をなしてきた。その理由は、申立人が昭和四三年五月一〇日夕張公共職業安定所庁舎内で器物を破損し、かつ職員に対し暴行を働いたというのである。そうして被申立人は右通知以後申立人を失業者就労事業(以下「失対事業」という)に紹介しない。

三、しかし本件処分は、つぎの理由により違法であるから、取り消さるべきである。

(一)  失対事業への紹介、就労の制度は、憲法二七条の要請により国の完全就職実施の一施策として、各種施策を経た後なお就職できない失業者を吸収するためのものであるから、紹介対象者から除外すべき事由の認定、たとえば失対法一〇条二項の「引き続き誠実かつ熱心に求職活動をしているもの」に該当しないとの認定は、極めて厳格慎重になさるべきである。しかるに本件処分は、申立人に器物を破損し、かつ職員に対する暴行の事実があつた(かかる事実の存否の問題は措くとして)ことを唯一の理由として、申立人を無期限に紹介対象者から除外しているのであるから、明らかに失対法一〇条二項に違反する違法な処分であるといわねばならない。

もつとも昭和三八年一〇月一日付労働省職業安定局長通達職発第七七七号による「失業者就労事業へ紹介する者の取扱要領」の第五―二―(1)は、紹介対象者からの除外、または紹介対象者としての取扱いの一時停止の場合として紹介対象者が「職業安定法施行規則一三条三項の規定に基づき、職業安定局長の定める求職申し込みの手続又はその手続に基づく公共職業安定所の指示に従わないこと、その他紹介業務に重大な支障を生ぜしめること」に該当したとき、と定めており、本件処分は右の定めを根拠にしたものと考えられるが、右の定めは、失対法一〇条二項の趣旨に照らして違法であり、仮にそうでないとしても、その日その日における現実の指示違反などによつて紹介業務に重大な支障がある場合に、かかる支障の存在する時間に限つて紹介を拒否することができる旨を規定したにとどまるものと解すべきである。のみならず右にいわゆる紹介業務の「重大な支障」とは、当該紹介対象者を失対事業に紹介しないことによつて除去できる性質のものであることを要すると解すべきところ、本件は、全日本自由労働組合(以下「全日自労」という)夕張支部執行委員組織部長兼同支部若菜分会長の地位にあつた申立人が、かねてから「求職者に組合が関与したなら、求職申し込みは一切受け付けない」との態度をとつてきた夕張職安当局に対し組合として団体交渉を要求し、これを不当にも拒否された際、附随的に起きた事件を処分理由とするものであり、この種事件は、申立人を紹介対象者から除外したからといつて、決して防止できるものではない。してみれば、本件処分は右通達にも違反していることが明らかである。

(二)  本件処分は、前記のとおり申立人の所属する全日自労夕張支部が、昭和三七年五月一八日のいわゆる「福永構想」の発表後自民党政府の意を受けて強引に推進している労働省の「失対打切り政策」に反対して、強力に活動を続けてきたことに対し、被申立人が、右組合および申立人の活動に打撃を与えるため、申立人を組合大衆から引き離すことを意図してなしたものであつて、不法な目的で職権を乱用してなされた違法な処分である。

四、そこで申立人は、本件処分の取消を求める行政訴訟を提起したのであるが、七一才の母親を扶養し失対事業への就労によつてその家計を維持している中高年令失業者であつて、本案判決の確定をまつていては回復し難い損害を被るので、申立の趣旨のとおりの裁判を求める。

五、なお附言するに、憲法二七条一項、職業安定法一七条一項、失対法一〇条一項、一三条一項、一六条一項を総合すると、失業者は一般的に公共職業安定所に対し職業紹介業務の提供を請求し得る権利ないしこれを受け得る法律上の利益を有するというべきところ、本件処分は、行政庁の優越的な作用ないし意思活動または公権力の行使としてなされた行為であつて、申立人からかかる権利ないし法律上の利益を奪うものであるから、本件処分が抗告訴訟および執行停止の対象となることは明らかである。もつとも本件処分の前提にある紹介対象者制度は、失対法上の根拠を持つものではなく、前記通達による事務処理上の便宜的な制度に過ぎないのであるが、失対法一〇条二項など所管の法令の執行のために設けられたものである以上、右制度に基づく紹介対象者なる観念を単なる事務処理上の観念に過ぎないものということはできない。

第二、被申立人の意見

被申立人は「本件申立を却下する。申立費用は申立人の負担とする。」との裁判を求め、その理由としてつぎのとおり主張した。

一、本件処分は抗告訴訟の対象たる「処分」ではない。

(一)  本件処分にいう紹介対象者なる観念は、単なる事務処理上の観念に過ぎない。すなわち、失対事業への紹介は日々紹介する建前であるので、本来安定所は個々の求職者につきその都度失対法一〇条二項で定める右事業への紹介適格の有無を判断するべきであるが、早朝短時間内に集中的に行なう紹介に際して多数の求職者について遂一右の判断をすることは事実上極めて困難なことであるうえ、予め一般的に判断しておくこともある程度可能なので、右要件につき適合すると予め判断された者の求職票を区分して事務処理上の一応の区切りを行ない、区別された者を紹介対象者と便宜呼称しているにすぎないのである。それゆえに、以前紹介対象者として取り扱われていたといつても日々の紹介に際して必ずしも紹介適格を有する者として扱われるとはかぎらないし、また現実に紹介を受けられるわけではないのである。

従つて、紹介対象者として区分したことの故に安定所が当該求職者に対しその者を失対事業に紹介する義務を負うに至るのではなく、申立人を紹介対象者から除外した本件処分は、申立人から、被申立人に対し失対事業への紹介を請求し得る法律上の地位または利益を奪うものではない。なお、安定所は予め紹介対象者として区分していた者がある時点において右要件に適合しないと判断された場合はその者を紹介対象者から除外する(紹介対象者の区切りから外す)のであるが、これは各個の求職者についての紹介あつせん方針の変更であり、この意味で、右の除外は安定所内部の業務処理方針の変更に過ぎないのである。安定所の行なう対外的な行為としては、求職者に本来の雇傭の場をあつせんするか、失対事業に紹介するかの事実行為のみに現われるものであつて、右の除外は対外的には全く無意味な行為というべきである。

(二)  職業安定所の行なう失対事業への紹介業務は、一般の職業紹介と同様に単に雇傭契約の成立をあつせんするにとどまるサービス行政であり、非権力的事実行為であつて、なんら優越的地位に基づくものではない。

そして安定所の失対事業への紹介業務が右に述べた性格のものである以上、その紹介業務を停止する行為も非権力的行為であるというべきであるから、本件処分は優越的地位に基づき行なわれた権力行為ではないといわねばならない。

二、仮に本件処分が抗告訴訟の対象となる処分であるとしても、執行停止の対象となる処分ではない。

本件処分は職業安定所が申立人の失対事業への紹介をしないという一般的方針をとつただけのことで、申立人に対し直接作為または不作為を命ずるものでもなければ、申立人の現在の法律状態に積極的効果を生ぜしめるものでもない。のみならず本件処分について執行停止をしてみたところで、そのことによつて被申立人が申立人を失対事業に紹介すべき義務を負担するに至るものでないことは勿論、申立人と求人者たる事業主体との間に雇傭関係が生ずるわけでもない。従つて本件処分の執行停止は、申立人が主張するような償うことのできない損害を避けるために何の役にもたたず実質的意味がないから、執行停止の対象となる処分ではない。

三、本件には、回復の困難な損害を避けるための緊急の必要性がない。

申立人の本件処分前三ケ月間の失対事業への就労日は月平均二三日、その月平均賃金は一九、三〇〇円であつたところ、本件処分後は、生活保護法の適用を受けて月額一五、二六〇円を支給されているほか、全日自労夕張支部から毎月約一九、三六〇円の生活資金援助カンパを受けているのであるし、四五才の身体健康な働き盛りの男子で失対事業以外の職場で就労することも可能なのであるから、これらの事情を総合すれば、本件処分により申立人の生活維持が著しく困難になるとはいえず、従つて本件については、回復の困難な損害を避けるための緊急の必要性がない。

四、本件処分に違法の点はなく、本件申立は行政事件訴訟法二五条三項に定める「本案について理由がないとみえるとき」に該当する。

(一)  全日自労夕張支部は、夕張公共職業安定所に対する頻繁、執拗な業務妨害活動を行なつてきた。例えば昭和四三年一月一日以降同年五月一〇日までの間に限つてみても延二六回に亘り団体交渉と称して多数の組合員が執務時間中に右安定所内にちん入し、所内でジグザグ行進をし、長時間居坐りを続け、あるいはシユプレヒコールや怒声を発するなどして喧騒を極め、時には職員に対して暴行、傷害を与える行動に出るなど、非組合員である一般求職者、失業保険金受領者などに対してはもとより、安定所職員の行なう諸種の業務を著しく妨げ、また安定所を不当に誹謗するビラの配付、ポスター・立看板の掲示などを行ない、あまつさえ、夜間安定所職員の自宅に押し掛けて面会を強要したり、嫌がらせを行なうことがしばしばであつた。申立人は同支部組織部長兼同支部若菜分会長として、同支部の行なつた前述の各種妨害、誹謗活動の際殆んど例外なく参加し率先指導していたものであるが、同四三年三月以降に限つてみても、同月一日、七日、一三日、一五日、二二日、四月一日、一七日、二五日にそれぞれ行なわれた同支部の安定所に対する集団妨害運動に参加し、これを指導して安定所の職員を口ぎたなくののしり、同年五月一〇日には同支部組合員約一〇〇名と共に所内に乱入して所長である被申立人に対する面会を強要し、そのあげく職員の制止を全く無視し二階にある同所長室へ通じる階段登り口の施錠してある扉を力一杯強圧し、施錠の掛金を固定してあつたネジ釘を破壊抜去するなどして同安定所の器物を損壊し、更に組合員を制止すべく階段下に待機していた同安定所職員馬場辰夫(二二才)の頸部を右手でつかみ、強く押しつけたりするなどの暴行を加えて同人に対し全治三日間を要する頸部挫傷の傷害を与えた。

(二)  申立人の以上のような一連の妨害行為、なかんずく安定所の管理営造物および職員に対する不法な有形力の行使によつて、夕張公共職業安定所の正常な業務の運営は阻害され、業務に重大な支障が生じたといえるから、申立人は失対法一〇条二項にいう「誠実かつ熱心に求職活動をしているもの」とは到底認められないから、被申立人は前記五月一〇日の器物毀棄、傷害を理由に本件処分をなしたものであつて、何ら違法ではない。

また仮に申立人がいわゆる「誠実かつ熱心に求職活動をしているもの」であつたとしても、四の(一)の事実が認められる以上、被申立人が本件処分をなすことは条理上当然許されるべきであつて、なんら違法ではない。

五、よつて本件申立は理由がないことに帰するから、却下されるべきである。

第三、疏明によつて認められる事実および当裁判所の判断

一、申立人は、従来被申立人から失対法一〇条二項の要件を備えたものとされ、夕張公共職業安定所における失対事業紹介対象者として取り扱われてきたところ、被申立人は昭和四三年六月五日「同月七日以降申立人を右紹介対象者から除外し、失対事業への紹介を停止する。」旨の決定をし、同日付書面で申立人にその旨通知し、申立人はじ来紹介対象者として取り扱われていない。

二、そこでまず右処分の法的性質について検討する。

(一)  緊急失業対策法一〇条一、二項によれば、失業対策事業に就労しうる労働者は、特殊の労働者を除き、公共職業安定所長が職業安定法二七条一項の規定により指示した就職促進の措置を受け終り、引き続き誠実かつ熱心に求職活動をしているもので、公共職業安定所の紹介した失業者でなければならないと定められているから、一般の失業者が失対事業に就労するためには職業安定所の紹介を受けることが、法律上不可欠の前提となる。

ところで、失対事業は労働者を日々雇用する建前をとつているから、安定所のなす失対事業への紹介も、就労各当日毎に行なう、いわゆる日々紹介が建前であり、安定所としては、紹介の都度個々の求職者について紹介を受ける資格を有するか否かを判断すべきが本来なのであるが、早朝の短時間内に集中的に行なう紹介に際して、多数の求職者について個々に右資格の有無につき判断することは、実際上極めて困難であるから、昭和三八年一〇月一日付労働省職業安定局長通達職発第七七七号による「失業者就労事業へ紹介する者の取扱要領」に基づき、安定所において予め個々の失業者ごとに前記資格の有無を判断し、右資格を有すると認められた者を失対事業紹介対象者として認定し、じ後特段の事情が生じない限り、日々の判断をすることなしに失対事業に紹介し、他面、一たん紹介対象者として認定された者でも前記の資格を欠くに至つた場合には、紹介対象者から除外し、又は紹介対象者としての取扱いを一時停止し、じ後失対事業に紹介しない、という取扱いをしている。

そうしてみれば、安定所長の行なう紹介対象者からの除外は、安定所長が、従来失対法一〇条二項の規定する失対事業への紹介適格性を有するものとされていた特定の失業者を、右適格性を欠くと認定することにより、その者が従来有していた最後の就労の場である失対事業への就労の機会を奪う行為にほかならないから、被申立人主張の如く単に安定所内部の事務処理方針の変更にすぎないものではなく、当該失業者の法律上の地位に甚大なる影響をおよぼす行為であり、かつ、行政庁たる安定所長が失対法で認められた唯一の紹介機関という優越的地位において公権力の発動としてなした行為であつて、行政事件訴訟法にいわゆる抗告訴訟の対象たる処分に該当するものと解すべきである。

(二)  また紹介対象者からの除外処分の効力が停止されれば、右処分が為されなかつたのと同じ状態が現出するのであるから、その場合には申立人は紹介対象者として扱われることになり、紹介業務が公平に行なわれるかぎり、他の紹介対象者とともに機会均等に紹介を受けることができ、その結果失対事業への就労も可能になる。

それゆえ本件処分はその効力を停止する実益はあり、執行停止の対象となる処分となり得るものというべきである。

三、つぎに行政事件訴訟法二五条二項にいう「回復の困難な損害を避けるための緊急の必要性」について考える。

申立人は昭和三七年一〇月一日より本件処分を受けるまで失対事業で働いており、本件処分前の三ケ月間(昭和四三年三月一日以降同年五月三一日まで)をとつてみても失対事業への就労日は月平均二三日、これによる賃金は月平均一九、三〇〇円であつて、その間民間事業などへの就労は一日もなく無職、無収入の母を養い右失対事業で得た収入を唯一の生計の糧として生活していたのであるが、本件処分によつて唯一の収入の道を断たれ、完全な失業状態となつて現在に至つており、本案確定に至るまでは更に相当期間経過されることが予想される本件にあつては、一応回復の困難な損害を受けるおそれがあり、右損害を避けるための緊急の必要性があると認められる。もつとも、申立人は現在生活保護法の適用を受け生活扶助として月額約一五、〇〇〇円を支給されているが、右金額は申立人の生活を維持するのに十分ではないし、また全日自労夕張支部の組合員が「松橋(申立人の意)の生活を守る会」の費用として一人当り毎月四四円を出し合つていて、その全部もしくは一部が申立人に交付されているものの如くであるが、その金額が一カ月いか程になるのか必ずしも明らかではないし、そもそも右生活資金は本件処分の結果もたらされた緊急の必要性をおぎなうため組合員が自発的にきよ出しているにすぎないものであるばかりか、細々たる生活を営む失対労務者達がきよ出しているものだけに著しく安定性を欠いているのであるから、これら生活扶助金の支給、組合からの資金援助の問題をとらえて執行停止の必要性を否定するのは当を得ないというべきである。また被申立人は、申立人は常用雇傭のみならず、失対事業以外の民間、公共各事業の日雇雇入れの紹介を受けることはでき、これらへの就労は可能な状況にあると主張するが、申立人は本件処分以前において(少くとも直前の三ケ月間は)失対事業以外の事業に就労していないのであり、また本件処分後安定所において申立人を民間事業に紹介した結果も不成功に終つていることを考えると、仮に被申立人主張のごとき事業への就労の機会があるとしても、その確実性、継続性についてはすこぶる疑問であり、いまだ執行停止の必要性を否定する事情とはなしがたい。

四、さらに同法二五条三項にいう「本案について理由がないとみえるとき」に該当するか否かの点につき判断する。

(一)  全日自労夕張支部は、多数の組合員を動員し、夕張公共職業安定所に対し、しばしば執ような要求抗議行動を繰り返し、申立人は同支部執行委員兼同支部若菜分会長としてかかる行動に参加し指導的役割を果していた。その間の経緯はほぼ前記第二の四の(一)に記載のとおりであるから、これをここに引用するが、特に昭和四三年五月一〇日には、申立人が、同支部組合員約一〇〇名と共に同安定所において同所長に面会を迫り、職員の制止を無視して二階にある同所長室に通じる階段登り口の施錠してある扉を強圧し、施錠の掛金を固定してあつたネジ釘を抜去するなどして同安定所の器物を損壊し、他の組合員と共に階段を上がろうとした際、これを制止しようとした同職員馬場辰夫(二二才)とつかみ合いになつたが、右馬場の頸部を右手でつかみ、強く押し付けるなどの暴行を加えたため、同人に対し全治三日間を要する頸部挫傷の傷害を与えた。

(二)  そこで被申立人は、申立人が右のごとき器物毀棄傷害事件を起したことを理由に、同人はもはや失対法一〇条二項にいう「誠実かつ熱心に求職活動をしている」ものとは認められないとして、前記の如く同年六月五日付で被申立人を紹介対象者から除外する措置をとつた。

(三)  さて申立人の右(一)記載の行為が違法であり、安定所の業務に相当の支障を生ぜしめたものであることはいうまでもなく、もとより非難に価いするところであり、申立人としては今後十分にその行動を慎しむべきであるが、前述したとおり失対事業の制度は、憲法二七条一項の要請により国の完全就業実現の一施策として、各種施策を経てもなおかつ就業しえない失業者を吸収するためのものであつて、労働者から就業の最後の機会を剥奪することとなるところの紹介対象者からの除外については、その理由となる「引き続き誠実かつ熱心に求職活動をしていない」との認定は、できる限り厳正、慎重になさるべきものであるから、多少の違法行為をとらえて、直ちに右の認定をすることは、許されないと考える。本件において先きに認定した申立人の行為は、必ずしも軽微な違法行為とはいえないけれども、先きの認定自体単なる疏明資料、殊に、主として被申立人側から提出された資料による一応の認定にすぎず、本案訴訟における証拠調の結果如何によつては、右と異なる事実が認定される可能性があることは、いうをまたないところであるうえ、本件の疏明資料によつては、いまだ必ずしも明らかでないところの組合側の要求内容、その当否、交渉の経緯、安定所側の態度等の諸般の事情をも勘案しなければ、果して申立人が「引き続き誠実かつ熱心に求職活動をしていない」か否か判定し難いのであるから、結局本件においては、いまだ本案について理由がないとみえるとは速断し難いといわねばならない。

五、以上の次第であるから、本件執行停止の申立を正当として認容することとし、申立費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 神田鉱三 渡辺忠嗣 小山三代治)

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